 アブラムシは、樹液を吸って生きる小さな昆虫です。樹液には大量の糖分が含まれており、アブラムシの排泄物には吸収仕切れなかった糖分が大量に含まれています。甘露(ハニーデュー)と呼ばれるこの排泄物は、甘くねっとりとしています。葉の組織が肥大した「虫こぶ」という限られた空間に住むアブラムシにとって、衛生管理はとても大事なことで、自分の体に付いてしまうねっとりとした甘露は厄介なものです。そこでアブラムシはワックスを分泌し、虫こぶの内壁を滑りやすくします。内壁に塗られたワックスは甘露までもコーティングして、液体のビー玉(液滴)へ変えてしまいます。液滴になった甘露はコロコロと転がしやすく、力の弱いアブラムシでも簡単に虫コブの外へ押し出すことができ、アブラムシの家は清潔に保たれるのです。

 粘着性のある甘露をワックスでコーティングして疎水性(水に馴染みにくい性質)を持つ液体のビー玉ができるのをヒントに、濡れない液滴を作ることができるかもしれません。

 アブラムシが分泌する撥水性の化学物質は、ワックスに似た構造と機能をもつエステルであることが分かりました。アブラムシは、撥水性を持つワックスを、虫こぶの内壁に塗ります。顕微鏡で観察すると、コーティングされた虫こぶの内壁の表面には、15μm(ナノメートル)の針状の突起55μm間隔で無数に存在する凸凹構造になっているのが分かります。この中に空気は閉じこめられ、アブラムシの甘露ははじかれ球体の液滴となります。虫こぶの内壁の表面と甘露の液滴との接触面は4%,接触角は160°の超撥水性を示します。このワックスは甘露も破覆し、甘露は疎水性を持つ水滴のビー玉となって、虫こぶの外へ転がり落ちても決して濡れることがない事がわかりました。
* 撥水性は水による濡れにくさの事で、表面の化学的性質と物理的形状で決まります。固体表面と水滴との接触角が撥水性を示すパラメーターで、一般には接触角が90度以上を撥水性、110度〜150度を高撥水性、150度以上を超撥水性(ちょうはっすいせい)となります。 * 1ナノメートルは1ミリメートルの1/1000000

 球状の形を保ち、濡れない液体のビー玉は他の液滴と一体化することはありません。疎水性のある材料として医療用の詰め物や、輸送用パッケージの包装として利用できるかもしれません。
Pike, N., D. Richard, W. Foster & L. Mahadevan (2002) How aphids lose their marbles. Proceedings of the Royal Society B. 269: 1211-1215 ヤモリの指―生きもののスゴい能力から生まれたテクノロジー, Peter Forbes 早川書房 2007

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